本日は志向を変えて人の巡り合わせに関する不思議な実話をお届けします。

筆者の住んでいる街は100年を優に超える歴史があります。それはアメリカ人、特に西海岸に住んでいた人間にとって凄い事なのですが、日本の人達にとってはせいぜい「日本には1,000年以上の歴史を持つ街や神社がいくらでもありますから……」といった感じなのでしょう。

事実、九州に行った時は2,000年近い歴史をもつ神社・仏閣を見ましたし、そう考えれば数百年の歴史など取るに足らないのかもしれません。

いずれにしても古い街のお陰か、ご近所の方々はお互いを良く知っていて、この辺りでは道で会ったら必ず挨拶をするのが習慣になっています。古き良き時代の日本の村社会の人間関係を色濃く残していると言えるかもしれません。こうしてお互いの空間を尊重しつつ、和の精神で共存するのは日本の素晴らしい伝統だと思います。

私が住んでいる通りのご近所さん達は皆30~50年以上同じ家で暮らしており、しかも親戚同士なのです。聞いたところ、そこは1世紀前は田んぼで、現在の住民の祖父の方のものだったようです。隣の内田さんと向かいの渡辺さんは親戚で、両家共通りの一番奥に住んでいる柳井さんと繋がっています。

また現在柳井さんの住んでいる家の場所にはかつて小さなお寺があったとの事です。明治時代の廃仏毀釈で無くなったのでしょうか。

筆者はお年寄りが好きですし、優しくするように常に心がけています。お年寄りの方は私たちの知らない時代を生き、興味深い話を沢山私たちにしてくれますよね。

今は亡くなったそんなお年寄りの方についてブログもかつて私は書きました（英語）。

こういった方々と一緒に縁側に座って、戦前の話や戦時中の空襲の様子、或いは高度経済成長期の日本のお話を聞くのは実に楽しく、また本やネットには書かれていない多くの事を学べます。

そういった話に興味のない若い方もいるようですが、実に勿体ないと思います。私はお年寄りをリスペクトしていますし、電車でも進んで席を譲るようにしております。

我々は皆、いずれは年をとって思いやりのある若人達の助けが必要になります。ですから今から率先して自分が行い、社会に習慣を根付かせておいた方が良いと思いますよ。

 

いずれにしても今日の譚は敬老の事ではなく、そんな隣人の方の不思議な家族史についてです。

何ヶ月か前のある日、通りを歩いていたら柳井さんの奥さんが玄関で膝間づいて一生懸命何かをやっている事に気づきました。近くに寄って見てみると玄関に生えたカビを一生懸命擦り落としているのです。

「大変な作業だな」と私は思いました。

柳井さんの奥さんはいつも微笑んでいる優しい女性で、私は大好きです。それは彼女が今は亡き私の母親を彷彿させるからかもしれません。

私は柳井さんのところに行って何をしているのか尋ねました。玄関のカビを擦り落としているのだと言われたので、私は家に高水圧で壁をきれいにするケルヒャーの高圧洗浄機があるのでそれを使ってきれいにしましょうと提案しました。

寒空の下、上品な老婦人が膝間づいて一生懸命玄関をタワシで擦っている姿を見たら誰だって助けずにはいられないでしょう。

それから1、2週間後の土曜日、ちょうど仕事も早く片付いたので高圧洗浄機を持って柳井さんのところに行き、玄関を綺麗にしました。カビを完全に落とすことはできませんでしたが、以前よりは遥かに綺麗になり、柳井さんの喜こぶ様子を見て私も嬉しくなりました。

 

それから約1年経った先日、久しぶりに柳井さんのお宅を訪問しました。今回は柳井さんのご主人が玄関にいらっしゃったので、また何かお手伝い出来ることがあればやりますよとご主人に言いました。柳井さんは「どうぞお上り下さい」と言われたのでお言葉に甘えて居間に座って二人で話を始めました。柳井氏も非常に優しい方で、これまでも色々興味深い昔話をしてくれました。

私は居間に飾ってある古いお写真とか骨董品をじっくり拝見しても良いですか、と尋ねました。

そして、そこで発見した一枚の写真に私の目は釘付けになりました。そこには誰が見てもすぐにわかる歴史上の有名人が左側に写っているではないですか！

それは夏目漱石その人でした。しかも居間のマントルピースの上に飾ってあるという事はこの写真に写っている人物のどれかが柳井家と関係があるという事を示しています。

念のため、柳井さんにこの人物が誰か尋ねてみました。

柳井さんは立ち上がって笑いながらこう答えました。

「それは夏目漱石と私の叔父、そして漱石の孫娘ですよ」

夏目漱石は最近まで1,000円札の人物でした。アメリカなら1ドル札に印刷されているジョージ・ワシントン初代大統領と同じレベルの人物という事です。その衝撃は誰かの家に行ってワシントンやアインシュタイン、或いはジョージ・オーウェルとその家族の祖先が一緒に写真に写っているのを目の当たりにするのと同じと言っても過言ではないでしょう。

そんな人物がすぐ近所に住んでいる確率は宝くじで当たるより低いかもしれません！

 

 

これがその一枚です。当時44歳だった作家夏目漱石は左側に鎮座し、医者で柳井氏の叔父にあたる行徳俊則氏は中央に立っており、当時はまだ年端のいかない少女だった漱石の孫娘、久代が右にいます。

この写真が珍しいのは言うまでもありません。現存している夏目漱石の生前の写真の数は限られている上、この写真は非常に保存状態も良いのです。

伝えられる話では行徳俊則氏は当時熊本に滞在しており、その際偶然旧友の漱石とばったり出会います。その偶然の再会を喜んだ漱石は行徳氏を地元の写真館に誘って記念の写真を撮らせたとの事です。

この一枚は文字通り家宝ですね。私たちが日々何気なく撮っている写真やビデオだって将来子供たちにとっての家宝になるかもしれません。

 

 

そして家宝になるかは判りませんが、自分にとっての記念に柳井さんと一緒に写真を撮りました。この方が文壇の巨匠、夏目漱石の親友である行徳俊則医師の甥、そして私の友人です。

某テレビ番組ではありませんが「友達の友達は皆友達！」という事で私はお札にも印刷された人物、夏目漱石とここで繋がりが出来たのです。

柳井さんの友情と興味深いお話を教えてくれた事にこの場をお借りして感謝致します。

これで夏目漱石との繋がりもできましたし、これからも黒澤明やシェークスピアと繋がれるかどうか、近所の人に聞いて回ります！